勇気

■はじめに

今日は、自己肯定感も低ければ、自信も持てない私に、勇気を与えてくれた、本の内容をベースに描いてみたいと思います。自己肯定感も自信も持てない気質であれば、私は、それを無理に変える必要はないと思うんですね。変えられるものと、変えられないものがある。変えられないものは、長所に転換して、活かす。変えられるものは、大いに変えていく。

例えば、円の面積を出すときに使う、円周率。これは、決められたものであり、そこは変えられない。多くの悩み行動できない人は、例えるならば、どうしたら、3.14を、4にできるんだろう。私はダメな人間だ。と悩みもがいているような気がしてしまう。

例えば、憧れの女優さんがいましょう。でも、その女優さんには、なれないんです。あなたは、あなたなのですから、あなたの魅力をみいだし磨く。
変えられることのどこに着眼して、目標達成を目指すかって結構重要だとおもうんです。

今日は、なぜ、私が無理に変える必要かないとおもうのか、アドラー心理学の観点から、まとめていきたいと思います。


クロノノーツでいえば、11:55は、オンラインタイムなんです。1日のうちに、1秒でもオンラインになり情報収集する習慣化です。これは、変えられる努力だとおもうんですね。数学でいうところの変えられない数値だとおもって、取り組めばいいんです。大抵のオンラインタイムにオンラインになれない人は、円周率を3.14から4にしたい。とか思っちゃう思考で、それってどうなのかな?9割くらいの人がそれを標準にやってるのに、ちょっと、その思考は考えた方がいいと思うんですね。

とりあえず、やってみる。そういうルールだから、軽い気持ちで、やることを継続すると、知らないうちに、習慣化されて、また1日定刻1秒を意識することで変化が起こるんです。是非これは、時間を稼ぎたい人には、体感してみて欲しい感覚です。

なかには、これも行動化するのが難しいという方がいるかもしれません。そんな人の『勇気』になればなと思いまとめてみたいとおもいます。

■アドラー心理学

著書『嫌われる勇気』がベストヒットして、多くの方の関心を集めたアドラー心理学の知識をベースに、展開していきたいと思います。
アドラー心理学は、別名、個人心理学ともいい、これ以上個体を細分化できない部分で、人の心理を追究する心理学です。また、別の名前を、勇気の心理学といいます。

今回は、アドラー心理学の捉え方をベースに、コンプレックスと、自己受容について着眼して、まとめたいとおもいます。

■劣等感について

あなたは、『劣等感』を感じることはありますか?
それは、どんな時、どのような気持ちになるのでしょうか?

周囲が活躍してる姿を観て、なかなか結果をだせない時とか

私は、劣等感を感じます。なんで私はあの人のように、もっと頑張れないんだろうって。

この劣等感という言葉を生み出したのは、実は、アドラーだってご存知でたか?劣等感とは、自己の価値判断で、『主観』です。

自分には、この程度の価値しかないんだ、思うこの感覚が『劣等感』です。

他の例えです。

私は身長160cmあります。若いころって高いヒールがはきたいものです。でも10cmヒールとか履くと、170cm になっちゃう。私の周囲には小柄の友人が多かったので、そんなことを心配もせず、高いヒール履ける友人がうらやましかったものです。これも『劣等感』というやつです。

でも、ヒールの高さに執着しなくなると、どうってことないんですよね。

劣等感=主観的価値判断

簡単にいうと、勝手な思い込みにすぎないんです。

自分がどう捉えるかで、変更可能なんです。

周囲が活躍してる姿を観て、なかなか結果をだせない時とか
私は劣等感を感じます。なんで私はあの人のように、もっと頑張れないんだろうって。

ということも、周囲の努力に気づけることを長所として、ここまでやったら良しとしよう。やると決めたことをやったから、休もう。

とか、発想の転換さえすれば、解消できてしまう。

劣等感は、自分の手で選択を変えることで、変えられるものなんです。
主観的なことは、自分に委ねられていることなので、いくらでも変更可能なんです。

当たり前かもしれませんが、重要なことです。

なかなか、『劣等感』の呪縛から逃れるのに苦労する方は、このことを、覚えておいてください。

劣等感は、主観的な思い込み!


では、劣等感の反対語は・・・向上心です。
私たち人間は、この世に生をなし、ハイハイから二足歩行したり、言葉を話すようになったり、向上心の塊と言っても過言ではありません。

他者と共存する中で、他者と比較して劣っているな。感じ、劣等感を抱く。

これは、成長していく過程で、ごく自然に起こることで、劣等感を感じること自体は、実は悪いことではありません。劣等感を感じるからもっとよくなりたい思い、向上心を高める起爆剤にもなりうるからです。

もう1つ劣等感を違う観点からみてみましょう。
私は身長160cmで、自分より小柄な女の子に囲まれていたので、よりヒールを履くことで、一人だけ体が大きくなってしまったわけなのですが、仮に周囲が、私と同じ身長だったらどうでしょうか?そう周囲と比較するから生まれる、主観なんです。

📝劣等感とは、変化させることのできる感情にすぎない。
このことだけ、インプットしておいて頂ければ、結構かとおもいます。そんなに悪いものではないので、上手にお付き合いしていくように、活用するのも、手かと思います。

■コンプレックスとは

ここから、多くの方が、誤解している内容になります!

劣等感=コンプレックスと解釈されている方が多いのですが、それは、間違いです。ここからは、コンプレックスについて、説明していきます。

言い訳をついつい、口にしてしまう人は、参考にして欲しい内容です。

コンプレックスとは、複雑に絡み合った倒錯的な心理状態を表す用語です。

劣等感自体は別に悪いものでもなく、向上していく上で、劣等感が促進を促すきっかけにもなりうります。

劣等感、劣等コンプレックスは、全然別物です。

劣等コンプレックスとは、自らの劣等感を言い訳に使い始めた状態のことを指します。
例えば、『私は、お金がないから、投資ができない。』『私は学歴がないか、就職できない。』『私は文才がないから、ブログがかけない。』など、

『Aだから、Bできない。』という論理を振りかざすのは、もはや劣等感の範疇ではなく、劣等コンプレックスです。

ここで、疑問をもつ人が多いと思います。

因果関係として、どれも成立しているように見えます。全うな理由だと、世間では思われるかもしれませんが、

アドラー先生は、これも突き放します!(愛の鞭だと思うか、アドラー先生いかれてる!思うかは、あなた次第です。)

アドラー先生は、このあたかも因果関係が成立することも、
『見せかけの因果律』と表現し、突きはねます。

それは、あたかも、あなたが納得できるよ理由づけしているにすぎない。
そんな意味合いで『見せかけの因果律』と表現されています。


アドラー心理学は目的を達成するために役立てる心理学で、

『私は、お金がないから、投資ができない。』

お金がない状態で、投資したいんでしょ?それ理由にならないよね。投資できないんじゃないよね?投資したくないんだよね?

『私は学歴がないか、就職できない。』

学歴ない状態で就職したいんだよね?それ理由にならないよね。就職できないんではなく、就職したくないんだよね?

『私は文才がないから、ブログがかけない。』

文才ないけどブログ書きたいんだよね?それ理由にならないよね。書けないんじゃないよね?書きたくないんでしょ?

みたいな感じで、かなり、ワイルドな心理学なんです。

実際、何か目的があるのであれば、到達していないから目的なわけであって、現状からどのように目的地へいくか考える。問題にする部分は、そうした現実にどう立ち向かうのかなんです。

私は、アドラー先生の物事の捉え方は、結構納得いく面ではあります。

劣等コンプレックスで自分自身を納得させて、単純に一歩前に踏み出すことが怖い。現実的な努力をしたくない。今享受している楽しみ、趣味や遊びで満足して、その時間を犠牲にしてまで、変わりたくない。
つまりライフスタイルを変える『勇気』を持ち合わせていない。多少の不満や不自由は持ち合わせていても、今のままでいたいということになるんです。

もう少し深読みすると、『AだからBができない。』といっている人は。
Aさえあれば、私は有能で価値がある人だということを暗示しているのです。

■劣等感と劣等コンプレックスの関係

劣等感と劣等コンプレックスの違いは、ご理解いただけたでしょうか?ちょっとここから、本当にややこしくなるのですが、ここからが重要です。

人は、劣等感に長く耐えられる人はいません。とアドラー先生は言っています。

ここからが分岐点です。

劣等感に耐えられないから、克服しようと勇気をだして立ち向かう人がいる一方、その立ち向かう勇気がない人は劣等コンプレックスへと発展する。

そして、劣等コンプレックスも耐えられなくなると、優越コンプレックスへ発展していきます。今回は優越コンプレックスには、触れません。詳細が気になる方は、嫌われる勇気を読んでみてください。


■自己受容について

自己肯定と自己受容も似てるようでちょっと違います。自己肯定は、できない自分もできると肯定することで、モチベーションを維持する。

自分に偽りを言って暗示をかけることなので、劣等コンプレックスへ発展していく危険を秘めています。

アドラー先生は、自己受容を提唱しています。ありのままに自分を受け入れる。そして変えられるものを変える勇気で、取り組み、自己成長を目指す。


例えばテストで百点を目指して勉強してたとしましょう。結果60点でした。
めちゃくちゃ凹みますよね。だって、100点目指してたのに。60点ですから。

自己肯定感の観点からは、60点とってもよくやった。誉めるんです。100点取れた時と同様に。


本当は、凹んでるのに、凹んでるものだから、自己肯定感は下がるなか、自己肯定感を高めることが大事だとおもって、よくやった。100点をとったことと同様にほめる。

これは偽りの自分です。100点目指して60点だったら悔しい。

自己受容は、ありのままの自分を受け止めるんです。

悔しい気持ちも。

自己受容は、60点で凹んでいる自分を受け入れて、劣等感を感じると思いますが、そんな劣等感も受け止める。そして、向上心の起爆剤として使い、自己成長につなげていく。

そんな考え方です。

■最後に

嫌われる勇気自体、勇気がでる本なのですが、今回チョイスした、劣等感、自己受容をテーマにすると、アドラー心理学の、厳しい面が全面にでてしまったきがします。
劣等感を感じるのは、ごく自然な過程であって、それに立ち向かう『勇気』を持つ、すなわち行動化することで、目標達成できるということが、伝われば良いかな思います。

嫌われる勇気自体、哲人と青年の対話形式で、サクサク読める一冊です。ですが、かなり濃い内容なのでご興味のある方は、読んでみてください。続編もかなり面白い内容です。また機会があれば、また、アウトプットしていきたいと思います。

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