
お楽しみ様です。
事実は、1つ解釈は無数と言いますが、
個々の立場や主観で、同じ物事に対して色々な捉え方があります。
必ず、コミュニケーションギャップというものは、生じると言っても、
過言ではないです。
対話なき議論はない。
議論なき対話はない。
少し、議論や対話の在り方について、注意を払うべきだと思います。
時間は、有限ですし、個々の時間を大事にしながら、
組織として、議論・対話をし、発展できるのでしょうか。
勿論、不毛な会話だけしていても、ダラダラ時間だけ消耗していきますし、
手っ取り早く、多数決でものごとを決めるのも、どちらに偏っても、
組織として成長できないことは、容易に想像できてしまいます。
まず、最低土台となる共通認識は必要だと思います。
共通認識がなければ、対話も議論も成立しないと思います。
対話と議論の違いは一体なんでしょうか?
対話とは、自分たちが何に対して取り組んでいるのか、それぞれの前提や文脈をわかちあったり、一種のここにいる個人の存在意義や、組織の一人である意図や、自己PR、わかちあうための時間。
共通認識や、相互理解を高めるものですね。
最近思うのがですね、、、色々なコミュニケーションツールで、『反応』という機能があるのですが、活用の仕方にしたら、対話としても活用できるかもですが、、、、。実際その反応で、一体なにがわかるんだろう。
余計、対話する機会を喪失しているように思えてしまいます。
私は、ブログをなんで描いているのかというと、
自己アピールでもあり、対話するきっかけですかね。
絶対に、このブログを描いていれば、マネタイズ化できるとはちっともおもっていません。では、なんのために描いているのか、
自分の学んだことのアウトプットをすることで、
何かしら、興味を持ってくださった方と、
対話するきっかけだったり、共通認識を高めたりするためです。
文章化して発信する。
なかには、アフィリエイト目的だったり、教育目的だったり、
自己PRだったりいろいろな目的で世の中ではブログを描いている人がいます。
描いていて思うのが、
ブログを描いていない方は、絶対描いた方がいいと思います。
生きていくためには、人と人が関わりあわずにはいれませんし。
絶対的に必要なことで、文章を描くという行為をしておくと、変わります。
実際、多くの方と関わる中で、文章を描く人、描かない人とコミュニケーションを図りどちらがスムーズかというと、文章を普段から描いている人です。これは、文章を描いている人は納得してくれると思います。
活字アレルギーなの。文章の読み書きをしない方とは、本当に対話はひと苦労です。全然普段チャットを使うし、その延長線上で気楽な気持ちでテーマを決めてはじめてみたらいいと思います。
話がだいぶズレましたが、戻して、
議論とは、テーマが決まっている前提で、それをどのようにするか具体策を
決めることです。
議論ばかりで、対話のない組織は、血の通わない組織と一般的には言われています。
残念ながら、こういう組織チームが、多いです。
では、どうしたら血の通った組織となり、
チームワークを力に、
発展した組織になるのでしょうか?
自然発生的な対話を意図的に、発生させていくことを意識していく、
地道なことですが、
その環境や、そのチームに魅力を感じ、発展することを望むのであれば。
対話を意識することも大事です。
空気よめ。とか時には、クレームを言う心ない人もいるかもですが、
対話なき議論はないし、
議論なき対話もないので、
会話をうまく活用して、人と人が関係性をふかめて、ハッピーになればいいですね。
それでは✨
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