次元爆弾

お楽しみ様です✨

今日は、先にお題を頂いて、
どういう、切り口で描こうかな。。。。

色々考えようとしたら、、、、


はるか昔の記憶と、愉快な仲間たちとのエピソードが、
次から次へと走馬灯の様にです。


本当に、個人的な内容になります。

(描こうとしている時点で、筆者である自分、私がもう既に、飽きています。なので、読む価値?そんな感じです!)


今の私しか知らない方は、
想像できないと思うのですが、


結構、長らく人生の休暇で、
パチンコ屋さんでバイトをしていたことがあるんですね。


私は、過保護な環境で育ち、
父親の唯一私に望むことは、

無難な結婚をして、
無難な幸せを掴んで欲しい。


ってことでした。
(その割には、かなりの束縛w)


私に、学も求めてなければ、
本当にすくすく成長することだけを、
望まれて育ちました。


本当に私の過保護っぷりはですね。
他人からしたら、面白いらしくて、

高校生の頃は、友人に最近のお父さんとの珍エピソード教えてよ。

いい笑いのネタなんですが、
やられる本人としては、結構つらかったですね。

唯一救いは、こうやって、
涙が出るほど笑ってくれる人がいることだけだったと思います。

うちの父親、、、
永遠の少年なんです💦

(かわいい所もあるんですがw)


高校卒業までは、
父親(たてまえ上、両親)の言うことを聴く。

門限、夕食まで。学校からの帰りは必ず電話して、最寄り駅まで母親に迎えにきてもらうことを、守る。


その代わり、高校を卒業して、看護学校に入学した、
アカツキには、晴れて私は自由の身だ。

で、

父親(たてまえ上、両親)と私は、
交渉成立したのでした。


めでたく、高校卒業して、鳥籠からでた私は、
普通に遊びまくりますよね。

反動がやばかったわけなんですが、、、、。


父親の用意したレールを、歩くだけ。
それが私に用意された未来でした。


これでも一応、理数系の高校を出て、幼少期からは、理科に興味をもち育って甲斐もあり、
生物学は得意だったので、看護学校の授業も大学生と同じノリで、
代返してもらい、高校の知識でペーパーテストを受けても、
最低の合格ラインはとれてしまっていたので、ダブルことなく3年生、最終学年までいけたんですね。

(ナメタ、ガキですよねw)


ずるいことを悪びれもなくやってしまう人間でした。


悪いことを、いい子ぶらず、
悪いと自覚してやっているってことだけは、
周囲も面白がってくれたし、いいのですが、
かなり、面倒くさい奴だったと思います。



色々まああり、


グレートリセットするのですが。


2年生の冬から、最終学年になり1年間、臨床実習がスタート。臨床実習で、看護師の先輩や、患者さん家族、同じ実習メンバーと接する中で、看護面白い。

思いました。

それまでは、看護学校なんてちょろいな。
卒業したら、安泰か。

(どこまでいってもナメタガキでした。)

先生からは、
『馬鹿な子ほどかわいいんだけど、本当にあなたこれから大変よ。基礎ができてないから。』
言われてしまう子でした。


普通にですね。自分がさぼり遅れをとって、先生が放課後見かねて、
一緒に、居残りをやってくれる言ってるにも関らず、その先生に対してですよ。

私『先生、今日無理です。スノボー行くので、友達待たせてるんですよね。』

先生『スノボーと、看護師になることどっちが大事なの?』

私『うーーーーーん。』

先生『そこ悩むところ?面白いわ、馬鹿な子ほどかわいいわw』

私『友達は大事ッすよ。』

先生『・・・・。』(無言の圧力)




周囲にこんな感じに支えられて、気持ちばかりは、人間らしい人間になってきたのだけど、、、、普通は、1年生、2年生で一生懸命勉強して、3年生になり最終確認みたいな感じですが、


私はというと、1年生でつけてるべき知識、2年生でつけている知識がないので、みんなが2年がかりで得てきたこと
基礎体力を数日で身に着けて、挑むわけですよ。


普通に徹夜の日々が続くのです。
自業自得。


こんな状態の私に反して、
我が家では、父親と兄の口論が絶えませんでした。

理由は、兄の進路について、父親が反対していることです。
毎日、毎日よくやるなって位続き、


父親がよく、兄を攻撃する手法がゲセすぎて。

『Yをみてみろ。あいつはいいんだ。看護師になれば安泰だ。だからあいつはいくらでも、馬鹿やろうが、遊びまわっているがいいんだ。』

(いやいや、私はお兄ちゃんの方が偉いと思う。)


家に居ても仕方ないな、
家に居ても、テンション下がるわ。
うんざり。

そうだ!

23時まで家に帰らなきゃいいか。
(大抵23時には、家族は寝てしまうので。)

そうしよう。思い、

23時までバイトでもするか。

どこかないかなー探していたら、


ありました💛


それが、キングという地元のパチンコ屋さんです。


パチンコ?全然わからない世界からのスタートです。
過保護の箱入り娘とは、無縁すぎる世界。



色々なものを壊してしまったり、
良かれと思いやったことで、お客さんやスタッフを怒らせてしまったり

はい。仕事が全くできない人間でした。

にも関わらず、一番良い時給をもらっていました💛


唯一の人に勝ることは、
誰よりも楽しそうに働いていたことなのかな。

それで、最高時給。


面白くて仕方なかったです。

何もかもが新鮮でした。
仕事の内容もそうなんですが、


バイトや社員さんと、
面白いことやって、

お腹抱えて、毎日笑っていたと思います。


仕事できないものだから、失敗も叱られることも多いし、
格下の立ち位置なんですが、


逆に言えば、私からみたら、みんなが格上に見えるわけなので、
素朴な疑問とかを、誰にでも聴いてました。

私『ねえねえ、サンガリアの100%グレープジュースと、トロピカーナの100%ジュースどっちが好き?』

A君『はあ?そんなの聴いてどうすんの?』

私『不思議に思わないの?同じ100%ジュースでも私はね、サンガリアの方が甘味が強いと思うの。トロピカーナの方が酸味がきいてるね。』

A君『意味わかんない。そんなの気にしたことない。』

B君『俺そういうの気づく人好きだよ。』

私『ねえどっちが好き?』

B君『今度気にして飲んでみるよ。』


こんな調子で、自分の気になったことは、
なにかれ構わず、みんななら知っているだろう前提で、格上に見える、みんなに聴いてました。

とても、うざかったとおもいます💦

当時は、Yちゃん天然だよね?
吉本に就職しろ。

言われても、はて?私真剣なんですが。
思っていたのですが、
今我にかえると、相当いってたと思います。


山積みに課題が毎日毎日、
ほとんど寝てない日々、

根性だけで、やり過ごし

ある日終わりが来ました。


???

何も考えれない。
思考停止。。。。


看護学校中退を決意します。

誰も言葉で説明してもわかってくれないし、
誰も納得させれなかったと思います。

でも、自分が学校いかなくなったら、それで、終わりでいいんですが、
またまた、人に恵まれており、

まさかの納得のいかない父親を、
副校長先生が、説得してくれました。


父親を納得させた言葉がこれです。

『お父さんのお気持ちは、良くわかりますが、娘さんの幸せは、
看護師になること以外にもあるはずですよ。』

でした。

中途半端な人生で、
はじめての挫折が、
看護学校中退。

しかも、最終学年で。

自分でも理屈ではわかるんです。
あと数か月、死にモノ狂いでやって卒業。

でもそれじゃいい看護師になれない。
なら、なる必要ない。そんなのいらない。


私の挫折でもあり、
私以上に、父親のダメージがでかかったと思います。

3人兄弟のうち二人ともまともな人間になれなかった。
よそ様の子供を教育する資格があるのか。
はい。父親は、教員なんですね。


父親の悩みを聴く日々がはじまりました。


家族は全員一致で、好きなことをやって。
お互い好きなことをやろうよ。
お兄ちゃんも私も大人。

それから、家族の関わりも変わったことは、
挫折してよかったことです。


私は、というと、

夏休みみたいに、パチンコ屋さんに遊びに行く感覚でバイトしに行き、
みんなと笑うそんな日々に満足していたと思います。


いずれみんな、自分の道を進んでいく。
わかっているんですが、そんな現状を見つめることを拒否しながら、
面白おかしく、その時を楽しんでいたと思います。

Yちゃんどうすんの?
ここにずっといる気?
自分が本当にやりたいことないの?
その才能他に絶対活かすべきだよ。
やめて欲しいわけではないよ。


など、巣立ちを促されることが多くなってきました。


そんな時、社員さんが、

O主任『Yちゃん、みてみてあれ!』

私『うん?』


じゃじゃん!!!!

スロットのメダルを流す機械に、こんなボタンが。

私『絶対に押すな書いてありますね。私でもわかりますよ。押しちゃいけない。書いてあるから、押しませんよ。安心してください。』

O主任『お前本当にそれでいいの?』

私『え?あれ押したらどうなるんですか?』

O主任『俺も知らないな。押しちゃいけない。書いてあってわからないんだよね。』

私『え。。。主任もわからないんですか?』

O主任『お前ならわかってくれると思ったんだけどな。』

私『押しませんよ。押しちゃいけないかいてあって、みんなに迷惑かけるじゃないですか。』

O主任『へえええええ。お前それでいいんだ。』

私『いいんです。』


こんなやり取りを数回繰り返して。

O主任『ねえねえ、いいこと思いついた、俺が押していいって許可するいったらどうする?』

私『嫌ですよ。みんなに迷惑かける。』

O主任『へえお前ってそういう奴だったんだ。』

私『他の人にやってくださいよ。』

O主任『へえそれでお前いいんだ。あのボタン押したらどうなるんだろうね。』

私『主任壊れちゃったら、なおしてくれますか?』

O主任『もちろん。』


じゃ、


押した瞬間


え?

という気持ちと


主任の爆笑が同時に。


私『え?何も起きませんね。』

O主任『それね。面白い押したくなるボタンがあって、何も押してもなんないから、仕掛けたんだよね。絶対に押すな書いたW』

私『だましたな。。。』

O主任『でも、ドキドキしたでしょ?』

私『はい。』

O主任『それでいいんだよ。』



そこまで、O主任が考えていたのか、
わかりませんが、



人生は、つくられたものじゃなくて、
つくるもんなんだな。


今でも、憧れの大人は?


って人に聴かれたら、



私は、迷わずO主任と答えると思います✨




本当に、どうでもいい武勇伝ではないけど、
武勇伝風のものを、



最後まで読んで下さり


ありがとうございます。





それでは✨

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