巧遅は拙速に如かず

お楽しみ様です✨


今日は、どんなことを描こうかな。

思ったんですが、


お昼ご飯を食べて、ランチしてこの1時間くらいやっていたことに
ついて描こうと思います。



YouTube動画の視聴をしていました。



歴史については、以前もお話したことがありますが、
学生時代全然勉強してきませんでした。
ですが、大人になって、その空白の隙間を埋めるかのように、
興味・関心が高くて勉強しています。


歴史についても、毎日何かしら少しした時間、触れていたい思うほうなんですね。


でこの1時間は、そんなことに触れる時間でして、


まずはじめに、戦国時代の足軽隊についてから、
武田晴信VS小笠原長時 塩尻峠の戦い
武田晴信VS長尾景虎 川中島の戦い2回目
武田晴信VS徳川家康 三方が原の戦いからの
徳川家康重臣 本田忠勝のしんがり


を観ていました。


この1時間何してるねん。


ってかんじでしょ。



共通していることを、
1つの言葉で表現するならば、、、

巧遅は拙速に如かず


『出来が良くても遅いより、
出来が悪くても早い方がいい。』


ってことです。


例えば、足軽隊の生存率はいかほどか、、、色々な条件や、ケースはさておき10%ほど。どんな人が、生存するのか運。確かにですが、運って色々な条件がたまたま、運よくぶつかり、、、みたいな感じで再現性はめちゃくちゃ低い。状況を詠み、先の先を考え準備して行動する。
そういう人が、10%になる可能性が高いんだな。って言うことを学び、
これが、塩尻峠の戦いを例に、出されていたのですが、


武田晴信VS小笠原長時の戦いで、
絶対に優位だったのが、小笠原長時の方なんですね。
仲間も集め、準備に準備を重ねあとは、その時を待つだけ状態だったんですが、

その余裕さを、絶交の機だと判断し、行動した武田信玄が、塩尻峠に夜襲をかけて、勝利します。

川中島の戦い2回目は、本当に長い長い闘いで、200日どちらも動かず、
メリットないし、和睦しようで終わり。

三方が原の戦いって表現が正しいのかわかりませんが、徳川家康領を侵攻するのですが、越後攻めるのね思わせる動きをしておいて、一気に、
織田信長、徳川家康を安心させておいてからの徳川領土へ侵攻です。
三方が原の戦いでは、しんがりに、本田忠勝があたりますが、


武田家重臣も、状況を詠み、背後に気づかれないように周り、
挟み撃ちの作戦できますが、

本田忠勝もこの状況を詠み、後ろからもくるなら、前進あるのみ、
まずは前進で猛攻撃、してからの回れ右で後進猛攻撃して、


逃げ延びた、家康と合流。



そうだよね。
挟み撃ちされる思ったら、
じゃさ、、、勝つためには?

挟み撃ちを不成立にすればいい。
後方から攻める敵に追いつかれない速度で、
前進あるのみ。



いかに、状況を詠み、
行動に移すかが大事


痛感する、作戦ですよね。



作戦は、大事だ。

ですが、あまりに完璧を求めて
行動しなければ、


いやいやこんなはずじゃない。
こんなはずだったってことになるんですよね。


策士は策に溺れ、
策に負ける。


なんていいますが、


そういうことです。

巧遅は拙速に如かず



いかに時流を詠み、
いかに行動するかで、



運は、切り開かれる。



最後に、この危機的状況に陥った時の徳川家康の肖像画
で終わりにしましょう。


有名ですね。


三方が原の戦い後、家康が描かせたという肖像画です。



この経験を生涯にかけて忘れないために描かせたのだとか?







それでは✨

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