
お楽しみ様です✨
今日は自分の反省を踏まえて、
描こうと思います。
自己犠牲と他者貢献は、似ているようで混同すると、
危ないよっていうお話です。
日本人って特に、混同しがちだと思います。
自分で言うのもなんですが、やさしい人ほど、痛い目をみます。
さっきも、変な人とチャットしていました。
多分本人にもはっきり言ったので、
悪口ではない。
昨日、丁度、今日の内容の土台は頭で考えていたので、、
意識して対応してました。
自己犠牲も他者貢献も、他人のために行動する。
ってことは同じです。
でもいい人、やさしい人ほど混同して、
痛い目をみます。
自己犠牲は、時間、スキル、資産を他人のために使い、
他人の養分になる行為。
他者貢献は、時間、スキル、資産を他人のために使い、
他者の利益を生む行為。
うーんどちらも似ているのですが、
自己犠牲は、自分の存在自体を、他人の養分にする行為。
他者貢献は、自己を確立したうえで、他者に与える。
うーんどちらも似ているのですが、最初よりましか。
自己犠牲は、自分の存在自体を、他人の養分にする行為。
例えばですね。自分の目を、
目がない人に、差し上げる。
そして自分の目を相手に与えたと同時に失う。
(フルーツバスケットっていう漫画で、うさぎ君が馬鹿な話という話をクラスメイトとしたんだ。 馬鹿な旅人がいて、旅人はばかだから、色々な人に騙されて、色々あげちゃうんだ。そんな旅人をクラスメイトは、馬鹿だ笑うんだけど、僕は、愛おしく思える。言うんです。私もそう思う。)
他者貢献は、自己を確立したうえで、他者に与える。
例えばですね、自分がビジネスで成功して得た、時間の余力、資金の余力を
社会貢献に使おう。恵まれない人に使おう。
みたいな。
日本は、寄付は見返りをもとめちゃいけない。
っていう固定概念がありますが、
自分がビジネスで成功して得た、時間の余力、資金の余力を
社会貢献に使おう。恵まれない人に使おう。
ここまでいかないと、他者貢献できないのか?
っていったら違います。
工夫次第でできます。
よくお金持ちに、どんなに苦しくても、
寄付はした方がいい。言われて、やってみて、
確かにいいんですね。
お金への執着は、なくなるし。
お金というものは、ツールにすぎない。
お金で、こんなことができる。
体感して学べるので。
自分の時間、スキルを活用したうえで稼いだお金を、
誰かのために、活用できている体感できるので。
やってみて学ぶ。
ですが、、、、
世の中には見返りを求めてもいい寄付だって存在するし、
活用していいんです。
ふるさと納税とか
クラウドファンディングとか、
自己犠牲と他者貢献の大きな違いは、
自分に返ってくるものです。
明らかに違います。
自己犠牲の場合は、
自分の目を目のない人がかわいそうだから、私、目二つあるから、
おひとつどうぞ。
相手:ありがとう。大事にする。
きっと思ってくれると思います。そう思わなきゃやってられない。
やさしい人が報われる世の中であって欲しい!
のですが、利用する人、与えられる人の反応は多種多様です。
自分➡2つあった目が1つになりました。
相手➡目がなかったものが1つになりました。
二人足して一人前
(やさしい旅人は、騙されて、全部体を失います。それでもよかったよかったって言って死んでいきます。←さっきのフルーツバスケットの馬鹿な旅人の話。)
他者貢献は
自分➡スキルを伸ばして、時間、お金に余裕が生まれた。
他人➡スキルを磨いた人の時間、お金に余裕が出る方法を教えてもらう。
自分➡自由と自由な仲間
相手➡自由と自由な仲間
こんな感じに、自己犠牲と他者貢献は、
同じようなんだけど、混同しがち!
しかし、絶対に得るものが違う!
アクションも変われば、
対象者のカラーも、反応も変わるのです。
お金持ちにこんなことを聴いたことがあるんですね。
後輩が『〇〇さん、会社がつぶれそうなんです泣きついてこられて、
お金をかして。貸してくれたあかつきには、ご家族を〇〇さんに何かあったら、代わりに、私が支えます。』
その〇〇さんの一番大事で弱いフレーズが『家族』
お前が、一生家族を守ってくれる約束をしてくれるならば、
よしってお金を融資したそうです。
で実際〇〇さんが、死に近い経験をされ病院の集中治療室に入った途端、
今まで一時も返済期日に遅れをださなかった友人が、返済をやめたそうです。
その時、融資をやめ、その後輩の会社は倒産したそうです。
えぐい話のようですが、、、。
良い人だと思っていた人、
信頼していた人が、
いざっていうとき、相手が、自分の思い通りの反応、見返りをしてくれるとは限らないんですね。
だから、相手にどんな反応をされても、自分は困らない、
スキルや脳力をみがくために時間を使うことが何よりも大事だと今の私は思います。
自分がどんな人間であるかで、自分によってくる人種も変わります。
私の場合、自己犠牲と他者貢献を混同していた頃は、つい最近まで、長年の癖があるので意識しないとだめ。
自分の時間を他者のためによかれと思いつかいますよね。
私の場合、異常です!何事も、ついやりすぎます。
そしてその反動で、何事も、やらなくなります!
気づけば、お昼はごはん食べないのが当たり前、
チームや仲間のことをやる時間
これが数年続いていたし。
期限がチームであるものが間に合わなければ、
危機感を抱き、何よりも自分が何をしてようが時間をつくり
やっていました。そして、どんな手を使おうが、期限内に絶対に
間に合わせる。そういう奴です。嫌われようが、喧嘩しようが。
これが私の当たり前だったんですが。
結局私が得たものはなんでしょう?
何もないに等しいです。W見返りを求めないのが自己犠牲なので当然の結果です。
ああ長い間、時間を無駄にしたな。
でも、今気づいたことはラッキーだ。
思っています。
それが、自己犠牲をしてきたな後悔と反省をして、
私の得た成果です。だから、無駄ではない。
こうやって発信して、感じたこと経験したことを共有できてますし。
永遠と目の前に来た課題を、チームのためにチームのために
抱え込む。そんな無理していたら限界がくるわけですよ。
そんなことを言えばですねかえってくる反応は、
『そこまで望んでない』
とか
『誰も頼んでない』
とか
そんなもんです。
中には、限界だって思っている時に、横柄な態度や、私の罪悪感を煽る人もいれば、
私を支えてくれようとする人、守ってくれようとする人もいるし。
(かけがえのない人をみつけられます。かけがえのない人の存在を知れます。)
他人ごとの人もいる。
私が相手が望まないものを差し出したら、
かえってくるものが嬉しくないものが、
自己犠牲のなれの果てです!
自己犠牲は、絶対に見返りを求めない覚悟が必要です。
自分を批判する反応が来てもそれを受け止める覚悟も必要です。
寂しいこと言っている、世の中は寂しい感じることをかいてますよね。
ここからが本題です!
といっても、他者と協力し、ないものを補いながら切磋琢磨していくことは、素晴らしいことなのです。そんな希望をもちろん、一度きりの人生味わいたい一人です。
ない成果を得るためには、
無理が必要な時もあります。
真剣にやる覚悟は必要。
その覚悟ができたたら、
10人いたら10通りのやり方がありますが、
自己犠牲と他者貢献を区分して
考えましょう。
時には、相手にちゃんと伝えることも、
大事だと思います。
さっき話していた変な人にも
ちゃんと伝えました。
自己犠牲から、他者貢献へ、シフトしていきたいなって思うと、
私の思考も行動も言動も、自然と変わりました。
普通だったら、理不尽だな。思っても、受け止めるし、
相手の考え、反応、捉え方は自由だと思うので、
我慢する奴です。
私はあなたにコレを与えたことで、
これとこれとこれも犠牲にしているけど、
あなたは、真剣にやってきたの?
そんな横柄な態度、私にとる立場ですか?
かえってきたこたえは、
本当ですね。すみません。
です。
でそんな対話を経て、
そうすることで、対等な立場で、
良い対話ができたのです。
↑これが本当に、今までの自分ができなかったこと。
理不尽だな思っても、我慢してきたし。
失望や無力さを自分で勝手に感じて、
でもですね、自己犠牲と他者貢献を明確に違うものだって、
理解した瞬間、対応を変えれたんですね。
はじめて。W
本当に微差で、あなたを取り巻く環境は、
私が対応をかえたことで、相手の対応が変わったように、
変わるとおもいますよ。
これからは、他者貢献できる人を目指して、
自己を確立していきたいと思います✨
それでは✨
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